「セーファースペース」「誰もが参加できる」が運動の中での「流行」のようになることからの弊害を感じはじめてる。そこへの危惧、問題意識、怖さ、被害にあったという気持ち…が今は強くある。以下、少しそれについてのメモ。(気になることが溜まってきて、それはしんどいので、そのために出すメモ)
posted at 11:46:40



参加します。「セーファースペース」「誰もが参加できる」が「流行」となることからの弊害。そのへんでの危惧が今は強いんやけど、だからこそ考えたいという気持ち。>映像で見る「OCCUPY」と世界の運動実践―自由で多様な運動空間をつくる!全5回 bit.ly/tdry3h
posted at 11:41:48



1、「暴力」について「取り組む」がしたい。けど具体的な被害や被害者からは目を背けたい。無意識にしても。そこで引き起こされる二次加害。「取り組みを持つこと」だけが運動の中での流行やスタンダードになることによって、より二次加害が引き起こされやすい状況ができてきてたりするのを感じてる。
posted at 11:47:23



1の例・相談窓口を開くが本当は相談を拒否したい。「こういう取り組みがしたい」というものが先にあるために、被害者の意向を無視した対応がなされたり、被害の訴えを選別して取り合うか決めたり。その中で二次加害を起こしながらも「暴力への取り組み」が外向きに語らる続けることによる二次被害。
posted at 11:48:22



2、「誰もが参加できる運動」が目指されることが「そこ以外の見えないところで動くな」という意味で働くことがある。また、中心的な運動以外の動きがより軽視されていくような面もでてきたり。
posted at 11:48:50



2の例・会議に参加してない人と個別で話をすることが「誰もが参加できる会議」という目標に照らし「良くない状態」と見なされる。「会議」での力関係は「よりマシ」にする工夫はできても大きく変えることは難しい。結果的に「会議」という管理が届く範囲でだけ動くことが仕向けられることなってる。
posted at 11:50:12



3、語られてこなかった立場からの声。ただそれもまた、その中の語ることのできる一部の人からの声でしかなくて。キャッチーなテーマとしてその語りに注目が集まるだけでは、「その人」への注目というだけでとまってしまう。同じ立場を代弁された人がよりいっそう無視されていくことにも。
posted at 11:51:19



4、安全を脅かされる状況にある人、被害を受けた人自身が、より安心安全な場であることの必要性にはやく気づき、希求して動きだす。「セーファーというものを運動に取り入れたい」という感覚の人、運動体は「欲しいとこどり」で、そうした働きを搾取する。もともとしんどい状況やのに、そこでの搾取。
posted at 11:52:05



ひとまず、今日のところはこのくらいに…。具体的でない言い方は変な感じがするけど、具体的な話は長くなるし、まずは直接に関係のあるひとたちと話すとかが優先と思ってるとこやし、まだ出したくはない。そやけど、溜まってはいくし、いろいろ良い面だけ語られるのをきくのが自分がきついので書いた。
posted at 11:56:01

3 notes

  1. aosakana reblogged this from thegrilledcheeseaspiration
  2. thegrilledcheeseaspiration posted this